私の神様
私の神様
ちょっと前から具合のあやしさに気づいていた
「しまった…」
焦りはじめたときはもう遅い
きゅーぐるるるる…
不吉な地鳴りが
へその下から聞こえてきたのだ
自宅まで徒歩20分
やおらアブラ汗がにじんでくる
頬のあたりがピリピリする
何とかもつだろうか…
こういう時は
走りだしてはかえってまずい
一足ごと下腹部に伝わる衝撃に
ぜん動運動が加速される
かといって
ゆっくりのんびりはむろんまずい
途中力尽き、よもやの惨劇…
それだけは避けたい考えたくない
微妙な歩速を選びつつ
間歇的に押し寄せる
大波小波に歯を食いしばり
「もういいじゃないか、十分がんばった」
悪魔の囁きにイヤイヤとこうべを振り
あと400メートル
300メートル
・・・
関係ないことを考えてみたり
時にはふるえる唇で
口笛を吹いてみたり
思いつくかぎりの悪あがき
よし、あと少し!
しかし
これが危ない落とし穴
ゆるんだ心につりつられ
括約筋もゆるんでの
阿鼻叫喚の地獄絵図…
いかん!気をしっかり持て自分!
何ごとも最後は精神力
これがほんとのフン張りどころ
日ごろ神を信じぬ私だが
こよいこの時この瞬間は
現世の奇跡をつかさどる
あらゆるものに手を合わす
「頼みます!」心のなかで
「われに力を!」ついには小声をあげて
わが家に続く階段を
息も絶えだえ一段二段
「なんで5階なんかに住んだんだ」
薄れる意識で三段四段
「2階にしとけば良かった」
気がねのいらぬ最上階を
選んだおのれの慧眼ぶりを
自賛していたでくの坊はどこのどいつだ
3階過ぎたあたりから
ベルトをゆるめ、ジッパーも半下ろし
一刻一秒が生死の境
これがほんとのウン命の分かれ道
かような戦闘態勢で
階下に住まう奥さんに
はち合わせては大惨事
そんな不運だけはみまってくれるなと
またも心で手を合わせ
精根尽きたわが家前
わななく指で鍵をさし
ドアを開ければあと数歩
脱ぐも下げるももどかしく
たたらを踏みつつ飛び込めば
夢にまでみた白い口
大きく開けて待っててくれた
やれ間に合ったありがとう
これがほんとのキューすれば通ず
地獄のふちから天国へ
嗚呼心に広がる青空よ
開放感に満たされて
目がしら熱く胸つまり
さち噛み締める半間四方
・・・
ややあって
ついさっきあれだけ想いをこめ
祈りを捧げた私の神様は
産みたての分身とともに
渦巻く水流に溶け
忘却の沼底に吸い込まれていくのであった
(『神サマHelp!』改題)
2011/01/25